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ガーラの、創業から2010年までのことは、本当にあっという間で、会社の写真なども、あまり残っていません。
今後、ここにたくさんの歴史を飾れるようにしていきたいと願っています。
1998年 起業一年前。
- 1998年6月
ガーラの第一歩。
現代表、天野洋介がある日突然起業に目覚める。
当時、彼は、まだ半導体製造工場の機械エンジニア。
秋田県ベンチャービジネス支援事業と言う助成金制度があるのを知り、とりあえず会社を休んで県庁のご担当者に、話を伺いに出かけたらしい。
これが、ガーラの第一歩。- 1998年10月
起業への前進
当時、世の中は大不況。「リストラ」の言葉が吹き荒れていた時代。
天野が勤めていた会社が、大規模な早期退職者優遇制度を実施。
その退職金で「会社を起こせる。」と応募。
1999年
- 1999年3月
天野、会社を退職。無職に。
前からやってみたかった、「朝から晩までパチンコしてみたい。」を実行したところ、知り合いから「天野さん、会社リストラされて、毎日パチンコしているようだ。」と言われ、いらい二度とパチンコはやらないことにしたらしい。- 1999年5月

当時の資料秋田県主催のベンチャービジネスアップ支援事業に応募。
30社の応募の中、何とか三社一個人に採択される。
事業のタイトルは、「一般顧客向けの、高付加価値な記念・PRビデオの制作、販売事業概要」。- 1999年6月23日

天野の自宅の8畳間ガーラ・アマノ登記、設立。
自宅の8畳間で、現取締役と二人でスタート。- 1999年10月
秋田放送ABSラジオで「おとなのための週刊ラジオ」スタート。
当時、ABSラジオの三ツ井ディレクターより、「起業したばかりで売り上げないだろ。ネットの番組やるから、手伝え。」の一言で、始まった番組。
最初の天野のパートナーは、入社一年目の石川恵美さんだった。- 1999年11月10日

ベンチャービジネスアップ支援事業のひとこま現在の山王沼田町にオフィスを移転。
同時に、斎藤が入社する。
ベンチャービジネスアップ支援事業に一緒に採択された、現デジタル・ウント・メアの戸田社長と岩根専務取締役と。左は、天野の恩師、秋田大学 神谷教授。)
2000年
- 2000年12月

ゼクシィ東北版12月号 表紙

DUOのコーナーゼクシィ掲載。
ゼクシィ東北版 12月号に広告掲載
思わぬ反響にうれしい悲鳴。
当時、一月に100万を超える売上げがあった。
2001年
- 2001年 7月19日
ゼクシイ効果により、DUOが好調。
新スタッフとして、建部入社。- 2001年10月5日
ラジオのパートナー交代
おとなのための週刊ラジオの2代目女性パートナーとして、またまた入社一年目の遠藤里沙さんが参加。
石川恵美さんと言い、遠藤里沙さんといい、売れっ子No.1女子アナだった。
入社一年目の女子アナが、なぜか週刊ラジオのパートナーをつとめてくれたため、天野はそうとううらやましがられたらしい。
2002年
- 2002年4月8日

入社後の村越と天野。髪の毛が長すぎる。村越入社
ヘッドハンティングにより、村越をむりやり入社させる。
彼の人生での、最も大きな失敗だったか。
2004年
- 2004年9月

初々しいコンダ

絶妙なトークが好評女優コンダトモコと出会う
女優コンダトモコが「おとなのための週刊ラジオ」の3代目女性パートナーとして参加。
この出会いは現在に至るまで長〜く続く
2007年
- 2007年1月20日

まだ若い二人・・

ラジオのADもしてましたスタッフ寺内誕生
週刊ラジオのアルバイトスタッフだった、寺内がサポーターアシスタントして、バイトスタート。当時18歳。週刊ラジオのスタッフであったため、飲み会の席上は、いっさいアルコール禁止。当たり前だけど。- 2007年5月

普段とは違うまじめなみんな中期5カ年計画を策定
武田亨税理士事務所の指導により、初めての「中期5カ年計画」を策定する。- 2007年9月
中期計画で県外進出をみんなで決定。
山形の知人にお願いし、山形に営業展開開始。
思わぬところから、現山形オフィスのM&Aの話がもちあがる。
→ 当時の出来事を、ブログ「だめ社長日記」でご覧になることができます。(8/31大変だぁ)- 2007年11月

けっきょく天野以外、誰も入ることのなかった
幻の事務所M&Aの話が、棚上げになってしまう。
山形のホテル様との業務提携の話が決まってしまっていたため、とにかく事務所を契約してしまう。- 2007年12月
M&A、再び
契約完了。結局、事務所は契約後、すぐ解約となった。
事務所引越を次週の月曜日に控え、みんなで準備しているところに、M&A先の社長から突然「再検討」の連絡あり。
→ 当時の出来事を、ブログ「だめ社長日記」でご覧になることができます。(12/25 メリークリスマス!)
2008年
- 2008年1月1日

みんなで撮った写真はこれぐらい山形オフィス設立。
佐野、星川、二戸(当時)、入社。- 2008年4月1日

この時まだ19歳寺内入社
寺内正社員となる。当時まだ19歳。
ガーラが創業した時まだ、11歳。
小学5年生でした。
2009年
- 2009年2月
不況の波がガーラにも押し寄せる。
初めての休日の減。「この2月はぜったいに忘れない。二度と繰り返さない。」と今でも天野は言います。
2010年
- 2010年3月
この月、単月で過去最高の売上げ、純利益を記録。
まだまだだけど、みんなで喜んだ。- 2010年5月

「中5カ年計画」と「単年度計画」を策定4回目の「中5カ年計画」と「単年度計画」を策定。
現在に至る。
このマスタープランには、いよいよ仙台オフィスと、東京オフィスの計画が盛り込まれた。- 2010年6月
山形オフィスを山形支社に組織変更。
- 2010年8月26日

スタッフもお気入りのサイトが完成ホームページリニューアル。第4世代となる。

