Blog社長日記

マッサンとリタさん〜ニッカウヰスキーの歴史について語ろう

※この社長日記は天野が1月に書いたものですが、その前にお伝えしたいことがたくさん出てきたため、5月になりました。

1月も最終週27日火曜日となりました。
皆さま、おかわりありませんでしょうか。
この1月後半から秋田市内はかなり雪が降りました。

さて、NHKでは「ばけばけ」が大ヒットしていますが、実は2014年放送のNHKの連続テレビ小説「マッサン」が、お昼の12時30分から再放送をしているのです。
私たち口上人本舗は秋田の日本酒応援をしていますが、個人的にはウイスキーも大好きです。

マッサンと言うかニッカウヰスキー(以下、ニッカ)との出会いはかれこれ20数年前になります。
現在も参加している秋田セールスプレーヤー協会の当時会長だった株式会社イヤタカの北島正会長がニッカの方たちと「みんなでニッカ(だけ)を飲もう!」と言う「鶴の会」を立ち上げたのです。

なんと始まった時から数年は「竹鶴17年」が参加者一人ひとりにお土産として渡されていました。
今では、とても考えられません。

昨年2025年の10月に開催された際に「第21回」となっていたのでコロナ禍で中止となった1、2回を合わせると、22、3年が経過している会だと思います。
私は当時あった山形支社への出張と重なった1度だけ欠席したのは覚えていますが他はすべて出席しています。

毎回、会の冒頭にニッカの幹部の方たちが、ニッカウヰスキー創業者である竹鶴政孝さん(マッサン)や奥さまとなられた竹鶴リタさんの歴史や思い出話やエピソードを披露してくれるのですが、それを、大きな丸い氷の入ったロックグラスでニッカのピュアモルトを飲みながら聞くのが最高なのです。

昨年は、ニッカウヰスキー株式会社の代表取締役社長でいらっしゃる小野直人様のお話をお聞きし、なんとお名刺をいただいてしまいました。

また、サントリーの前身となる寿屋を創業した鳥井信治郎さんもマッサンを語る際には忘れてはいけません。
鳥井信治郎さんは、日本の洋酒産業、とりわけウイスキー製造の基礎を築いた人物として知られています。

鳥井さんは本格的に国内でのウイスキーづくりを目指し、スコットランドに連絡をし、「ウイスキーづくりのエンジニアを日本によこして欲しい」と要望したところ、「日本には竹鶴政孝がいるだろう」と言われ、マッサンを招へいしたのです。

当時、イギリスに留学させてくれた摂津酒造をわけあって退職し浪人をしていたマッサンに
「ウイスキーづくりはすべてマッサンに任せる」
「契約は10年間」
「年俸は英国から招待する技術者に用意していた四千円」
を条件に「やってみなはれ〜」が口癖だった鳥井さんは山崎に工場を作ったのです。
当時の大学卒の月給は、四十円から五十円だったそうなので、その破格の扱いがわかります。

日本で最初のウイスキーは竹鶴政孝によって、鳥井信治郎さん率いるサントリーで造られたのです。
私は、この話を聞いた時に、本当に感動しました。

マッサンは約束通り10年間寿屋でウイスキーを造り、役目を終えて、自らのウイスキーづくりを目指します。
そうです。北海道の余市蒸溜所で、いよいよマッサンとリタのウイスキー造りが始まるのです。

これ以上の事を、いい気になって語るのはやめましょう。あとは、皆さんの知るところとなります。
私は、宮城峡蒸溜所には行ったことがあるのですが、余市蒸溜所にはまだ行ったことがありません。
工場造成の際には小山一つも削ることなかれ、と自然の景観を大切に活かし、それに合わせて工場を作った、マッサン。
いつか行ってみたいと思います。

年末にツルハさんで「シングルモルト 余市」があるのを知り、思わず買ってしまいました。
年末年始で飲みたかったのですが、もったいなくて、まだ封を開けられずにいます。3月の誕生日にでも、夫婦で飲みたいと思っています。

テレビ「マッサン」のリタは、「エリー」です。
「マッサン」のエリーは、本当に素直でかわいくて、マッサンに優しく、毎日泣き笑いしながら見ています。

皆さんもぜひ見てください。
NHK ONEでまだまだ間に合います!

■ニッカウヰスキー公式サイト
https://www.nikka.com
ニッカのブランドムービーやシングルモルトそれぞれの商品の専用サイトなどがあり、ニッカの世界観が伝わります。

おそらく鶴の会でもらったと思われる小冊子。マッサンと特にリタさんの苦労に涙が止まらなくなる。

昨年の鶴の会のカウンターにずらりと並んだシングルモルトたち。嬉しくなりますね。

マッサンとリタのラブストーリー。

宮城峡も好きですが、個人的には圧倒的に「余市」が好きです。

1月27日の秋田市川尻。暗いですね。でもあと2ヶ月したら春になります。