ガーラ社長日記

ダメ社長日記#011トップ

ガーラ・アマノの社名の由来について、少し書こうと思います。
その前に、7月に更新したものの、また3ヶ月サボりました
最近は、みんなも天野を攻める事もなく(呆れている)、うなぎも許してくれるようになってしまったのですが、最近のみんなの頑張り様を見ていると、こりゃうなぎじゃないと怒られるとおもちょります。

さて、ガーラ・アマノ(Gala Amano)と言う社名は、私がサルバドール・ダリの絵がもともと大好きで、妻のガラ(Gala)の名前をもらって、25年前の1999年6月に命名、創業しました。

私はそれまで日立系列の半導体工場(今は残念ながら無くなってしまいました)のエンジニアをしていたのですが、ある日思い立って会社を起こそうと脱サラしました。
退職して休職中に、東京の新宿三越美術館で開催されていた「ダリ展」にふらっと出かけてみまして、当時福岡市美術館から貸し出されていた「ポルト・リガトの聖母」と言う絵を見て、感激したのです。
そこからガラの名前を社名にもらいました。

▽ポルト・リガトの聖母
https://www.fukuoka-art-museum.jp/collection_highlight/2657/
※出典:福岡市近代美術館ホームページより 「ポルト・リガトの聖母」1950年 油彩 画布 サルバドール・ダリ

初めてみる方には、少し不気味な絵に見えるかも知れませんが、原画は本当に美しい絵です。
高さ275.3×幅209.8cmもある巨大な絵です。

映画監督の北野武さんがテレビで「ダリの絵は本やテレビで見るとイラストの様に見えてしまう。そうではない。実際に見てみないとダリの絵の良さはわからない。」と良くおっしゃっていました。
まさに同感です。 人間って、こんなに細い線を、こんなに綺麗に描けるものなのか、と思いました。

今年創業25周年に合わせてガーラのホームページをフルリニューアルしようと、みんなで話をしています。
そんな最中に、ダリの作品を日本でもっとも所有している福島の諸橋近代美術館の作品を中心に、秋田市でダリの展示会「生誕120周年 サルバドール・ダリ-天才の秘密」が開催されるとのことで、その初日に見に行ってきました。 その際に、諸橋近代美術館の学芸課長の大野方子(まさこ)さんの講演会を聞くことができ、ご挨拶をして、当社の名前がガラにインスパイアされて命名したことなどをお話しました。

大野さんから、今年はダリ生誕120年、シュルレアリスム運動100年、そして諸橋近代美術館が開館から25周年(1999年6月3日)と言う節目であると伺い「ガーラさんも同じ25周年(1999年6月23日)ですね。」とおっしゃっていただき、とても、とても喜びました。
大野さんには、その後メールも差し上げて、ご丁寧なお返事もいただきました。

25年前にダリとガラと出会い、そして25年を経て、また展示会という形で二人と出会い、同じ時期にガーラのホームページをリニューアルすると言う事に、私はとても運命を感じています。

会社のみんなとは、新しいガーラのキャッチコピーも半年かがりで決め、サイトのコンセプトや方向性も決めました。
できれば、新年には本公開したいと思っていますが、何しろ年末まではどっこいしょ!と忙しくなりそうです。
ぜひ、お楽しみに!

ご覧の皆さまもぜひ「生誕120周年 サルバドール・ダリ-天才の秘密」(2024年11月10日まで)でサルバドール・ダリの絵画をぜひご覧になってみてください。
ダリの絵・作品の素晴らしさが良くおわかりになると思います。

2024年10月31日

2005年の夏。諸橋近代美術館へ。

2005年の夏。諸橋近代美術館へ。

2015年8月 福岡市美術館前で。

2015年8月 福岡市美術館前で。「ポルト・リガトの聖母」をもう一度見に。左手に持っているのは残っていた同絵のポスター5枚をすべて買い占めたもの。

2015年8月 福岡市美術館前で。

2024年9月14日 秋田市立千秋美術館で開催されました。会期もあと少し、ぜひ皆さまもご覧ください

2005年の夏。諸橋近代美術館へ。

ダリ展のポスターの前で撮影しても良いか確認したところ、著作権があるのでとやんわりお断りされました